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気付けばハマる、そこは沼。劇団☆新感線を中心にお芝居について好き勝手書き連ねる場所。

わたしたちも15世紀のフランスを共に生きた【舞台 ジャンヌ・ダルク】

観なきゃ観なきゃと思いながら、一度も観たことがなかった中島かずき脚本の外部作品。ついに!ジャンヌ・ダルクを!ようやく!観た!

実は白井さんの演出がちょっと肌に合わないんですけど、今回それを差し引いても超よかった。キャストひとりひとりのエネルギーというか、「自分が信じるものを自分こそが守り抜くのだ」という意志がほんとうに強くて、激動の15世紀フランスをわたしも一緒に生き抜いてきた気分です。

もう再再演だし、大筋は(大筋は)史実だし、ネタバレとか気にしないことにした。



わたしは彼女のことを何も知らない

とりあえず、わたしがジャンヌ・ダルクの人生を知らなさすぎてびっくりした。百年戦争でシャルル7世が勝利するきっかけになった農民の少女ってのは知ってる。戦争終結の前に火刑になったことも知ってる。でも彼女のエピソード、なんも知らん。有名な話だし〜と思って事前になんも調べずに観たら、1幕の話、なんも知らんかった。旗を持っているのをかろうじて知っているのはFGOのおかげです。

世の中にはこんなにジャンヌ・ダルクの作品があふれているのに、まさか初対面が中島脚本になるとは…

1幕は物量に押され、2幕は脚本に押されたお芝居でした。


物量に押された1幕

物量がすごい……

芝居の感想として間違ってるとは思うんだけど、とにかく物量に押し寄せられた舞台だった。

まさか中世ヨーロッパの鎖帷子の歩兵と歩兵の、数と数とのぶつかり合いを、目撃することになるとは思わないじゃないですか??????舞台上でこんなことって、実現可能なんだ………ってシーンが何度もあった。

もう、袖から奥から下から通路から信じらんねえぐらいの人数が出てくる。

無頼街の喧騒も、天號星の半銀次を追う岡っ引きも、あの客降りすら可愛く見えてくるレベルの「群れ」なんですよ。群衆って、軍勢って、舞台上に登場させられるんですね………びっくりしちゃったよ………

全くもって新しい芝居体験を得ました。群衆は作れる。𝑪𝑨𝑵 𝑴𝑨𝑲𝑬 𝑻𝑶𝑲𝒀𝑶


そういえば舞台セットがほとんどなんにもなかったのも驚きのひとつでした。たまに城門とか壁とか降りてくるけど、ほぼ何もない傾斜舞台。アレさあ、あんな傾いてたらさあ、キャストめちゃくちゃ大変じゃない??????お願いだから怪我せず最後まで無事過ごしてほしい。

そのシンプルな構造だからこそ、まじ神出鬼没に現れては縦横無尽に駆け巡る有象無象の兵士たち(ほめてる)が圧巻でした。物量がやべえ。


中島脚本に押された2幕

観終わって思うのは、ほんと中島かずきって「もしかして」を見つけて歴史を納得させるのが上手いなあってこと……

1幕はわりと普通に、というか物量をメインに普通に目を白黒させながら観てたんですけど、2幕入って突然シナリオが思いっきり「「「中島かずき」」」になって目ん玉飛び出るかと思いました。推しはやっぱり推しだった………


そうよね、わたしが初対面だっただけで「みんなが知ってる」ジャンヌ・ダルクの話を、あの中島かずきが「みんなが知ってる話」にするわけなかった。歴史の中の「かもしれない」を物語に巧妙に織り込んでしまえるあのひとが、あんな「説」を放っておくわけがないのよ……泰衡に義経チンギス・ハーン伝説を背負わせた男やぞ???

幕間に必死で検索してジャンヌ・ダルクの基本情報を仕入れたんですけど、主要エピソードとか奇跡の履修で精一杯で、生存説とかそういう「逸話」までは追えてなかったんですよ。

でも、かじゅきがさあ、実在の人物について言及するってことは、その「説」は確かに現実にも存在してんのよ。終わってから調べたらしっかり存在したよね、王女説。


この説のおかげできっと普段あんまりポジティブに解釈されてないと言われるシャルル7世がこんなに魅力的なんですよね。「初めて出会ったときから」ってとこの絶望と期待と諦観、まじでやべえんだよな。ジャンヌに見せていたあれほどの執着と陶酔を「はじめからぜんぶ妹だと分かっててやってる」シャルル7世の気持ち悪さが最高に好きです。ラ・ピュセル、僕の乙女よ、って呟くとこも、妹の自覚あるんやぞ。最高だよ、シャルル。


初演の2010年っていうと薔薇サムの頃だと思うので、ヨーロッパ王家のお家騒動の話を連続して書いてたんですね……まじほんと…中島かずき永遠に脚本書いて……


まさにLa Pucelleだった清原果耶

ピュアとも透明感とも違う、盲目なまでにまっすぐで疑うことを知らないラ・ピュセルジャンヌ・ダルク初舞台の女優さんが起用されることの価値、と言うと語弊があるけど、なんか、初舞台だからこそのひたむきさというか(初舞台以外がひたむきでないとは言ってない)、何も知らない場所で堂々と背筋を伸ばしてまっすぐ挑む姿が、何も知らない宮廷や宗教裁判にも堂々と渡り合うジャンヌ・ダルクと重なって、実感をもって伝わるのかなあ、なんて思いながら観ていました。


今回あんまオペラで抜いてない(なんせ物量で以下略)からアレだけど、清原さんさあ、ただの少女ジャンヌから、突然スッと使命を自覚したジャンヌ・ダルクとして芯が立つの、目の色と空気が急にスッと変わるの、あの変化、どうなってるんですかね???

故郷から旅立つ時も、最後に手紙を読んで己の運命を決断する時も、スッッッッて。大袈裟に何か変わってるわけじゃないんですよね。見た目にはほとんど何も変わってないのに、目の色と空気だけスッッッッて変わるの。なに?!!?!ちょっと人間じゃないみたいだもん。人間って、人間味って、もうちょっと迷うしブレるし疑うし偽るし欲が出るでしょ、きっと。でも使命を背負うジャンヌ・ダルクには迷いもよそ見もなく、信じるものを疑うことなくただまっすぐに進んでいくから、どんな問いにも即答できちゃう不気味さ。その「人間離れ」した存在をさあ、空気と目の色で表現できるのなんなの????

そのくせ突然女の子になるんだよ。さっきまで!!!!!あんなに強い神の遣いだったのに!!!

飲み込めなさすぎてハテナばっかり浮かんできちゃう。なんなの?????(ぜんぶほめてます)


あの澄んだ強い目と、意志の強さがバチバチにあらわれてる低くて太い声、ほんと、かじゅきが好きそうだな…と思った。沙霧と同じにおいがするよ。

[追記]ねえ書き終わって他人の感想漁ってて知ったけど、この清原さんて精霊の守り人バルサの幼少期演じた女優さんってマジ?????そりゃあ、目に力もあるし芯もあるわけだよ!!!!!!納得しかない………[追記おわり]

あと、カテコで小関さんと二人で出てきたとき、シャルルはジャンヌをチラッと見て合わせるのに対して、前しか見てないジャンヌが解釈一致すぎて拍手した。そう、ねえ、小関さんの話もします!!!


生き残り背負わされた者、小関裕太

中島かずき脚本の「すべての業を背負って、それでも生きていくことを強いられる生き残った者」です!!!!!!!!!!

正式な王として認められていない不安定な王の座から、ジャンヌに出会ってオルレアンを奪還し、無事に戴冠式を迎え、最終的に百年戦争イングランド相手に勝利を収める史実の勝利王シャルル7世。かずきが描くその史実にない不安と自信と迷いと諦めと優しさと決断が、表情ひとつ、目線ひとつ、歩みひとつ、指先ひとつに宿っていた。とても繊細に、丁寧に。


小関さん、キングダムでわたしが観なかった方の嬴政/漂ですね。彼自身のことは観れてないけど「嬴政/漂を演ったひと」という信頼があった。そして彼はその信頼を裏切りませんでした。

前に「浦島さん」の福士蒼汰でも似たようなことを書いたけど、シャルルを演じてるっていうより小関さんがシャルルの感情を持ってる感じ。(どういう感じ?)浦島さんのときから伝わらない気しかしてないのでこの話は諦めます。とにかく感情の機微がそこにあるものとして感じられたシャルルでした。


過去のキャスト調べたら伊藤英明東山紀之で年齢層がかなり違って驚いたんですけど(あの年齢差で妹に「ラ・ピュセル…」って恍惚とするシャルル、ヤバすぎじゃないですか???それはそれで観たいが…)、今回は歳が近くて普通に絵になるので違和感なく観てたのに、終盤で「知ってた」ことが発覚して途端に背筋がゾッとするの、自然な恋情にも見えるけど思い返したらちょっと違和感がある絶妙な感情を出してた小関さんならではだったんだろうなと想像しています。


あと、ラストスパートの小関さんの決意と強さに予想外に泣かされたんですよね。生き残り、背負わされてしまったシャルルが歯を食いしばって王たらんと前に進むあの強さに、突然ぶわっと涙腺が緩んでびっくりした。泣くとは思ってなかったので……

ほんとさあ、史実には結果しか書かれてないとはいえしっかり史実として残ってる人の行動原理と感情を、ギリギリ矛盾しないところで「ほんとうかもしれない」を描く中島かずきと、その場に存在するほんとうの感情を発出してくれる小関裕太たぶんどちゃくそ相性がいい。また書いてほしいし、新感線にも呼べばいいと思う。


特に王のマントを脱いだ「何者でもないシャルル」のときの雰囲気がすんごい良かった。何回思い出しても良かった。王である「シャルル7世」は自分ではないと言う彼の、ありのままの感情が出ているあのシンプルな衣装。そう、この舞台、お衣装もめちゃくちゃ良かったんだよなあ〜〜〜


わたしたちも 15世紀のフランスを生きた

戴冠式のねえ〜〜〜百合紋章がまぶしい陛下の青いマント超良かったよね……

シャルル7世の戴冠式に、我々も参列したんですよ。ねえ、あれはもう参列したでしょ??!!??!?!


戴冠式には参列したし、ジャンヌが「進め!」と鼓舞する兵士の中にはわたしも含まれていたし、通路に兵士が溢れる戦場の最前線に確かにわたしも居たし、フランスを、この地を守るのは自分だって自覚が芽生えそうなくらい、わたしたちは15世紀のフランスを一緒に生きた。

この没入感ねえ、異常ですよ。(ほめてる)

通路を使うから、舞台が傾斜してるから、物量がすごいから、もちろんそのどれもが影響してるだろうけど、それ以上にひとりひとりのキャストが皆、イングランドに蹂躙された15世紀のフランスの地に生きていたからだと思いました。率いるジャンヌに迷いが無くなれば無くなるほど、まわりのひとたちの人間味が増していく不思議構造。

イングランド勢もめちゃくちゃ良いんだよなあ……めちゃくちゃ……人間臭くて……


人間臭いイングランド

ねえ、福士誠治のタルボット将軍と、岡田浩暉のベッドフォード公のこと、みんな大好きでしょ?????そもそも敵役って何でこんなに魅力的なんでしょうね……


物量で押してくる1幕にオルレアン包囲作戦があるので物量の中で戦いの見せ場が色々あるわけなんですけど、福士さんが登場して「タルボット将軍つよつよコーナー」が始まったらまじで圧倒的に強すぎてどうしようかと思いました。つよつよコーナーの印象を引きずりすぎて終盤までキャラが掴めなかったんだけど、わりと脳筋っぽいタルボット将軍大好きです。福士誠治ってなんか抗えないかっこ良さを持ってるんだよなほんと…


岡田さんのベッドフォード公はさあ、ほぼ何の説明も無く登場して、たいしたパーソナリティも語られずに進んでいったはずなのに、終わってみたらちゃんと人となりが理解できてるし大好きになってるの、本当に意味がわからない。(ほめてる)

あと、そう、坪倉さんさあ、ずるすぎません????????


ずるすぎる傭兵たち

レイモンとケヴィン、ずるすぎませんか????特に我が家の坪倉由幸、「衛生」で石田明を観た時以来の衝撃でした。

坪倉さんがこんな味のある芝居するひとだったなんて知らなかった……そう言えばドラマにもよく出てるような気がする……

めっちゃ落ち着いてて弓が上手くて頭の切れるレイモン、みんなが好きになるやつじゃん???

めっちゃ素直に感情を表すちょっと未熟なケヴィン、みんなが好きになるやつじゃん?????

その師弟関係と、金で動く「傭兵」っていう絶妙なポジション、そんなの、みんなが大好きになるやつじゃん???????


傭兵がジャンヌと一番はじめに自己紹介するの、ぜっっっっっったい金でしか動かないはずなのに金より情を優先するようになっちゃうやつじゃんッッッッッ、って天を仰いだ1幕冒頭。だってぇ、これ、信頼と実績の中島脚本だから……史実に名前の残らない傭兵とか市民たちは、ぜんぶかじゅきの好みで色付けできちゃうから……

ずるすぎる坪倉さん、ラストシーンでもちゃあんとジャンヌの隣に立ってて天を仰いだ。ずっっっっっるい……

島村龍之介さんのケヴィン、序盤は普通の弟子だったのに最後の牢獄に現れるとこでめちゃくちゃ受け継いだ弟子になっててびっくりしちゃった。ケヴィンも「すべての業を背負って、それでも生きていくことを強いられる生き残った者」です。新感線のオタクに効くやつ。


あまりにも素敵すぎる「母」りょう

どうしても黄泉津が頭をよぎる「母」のりょうさんヨランド様、家門と王家を守る立場と母としての立場をちゃんと両方持っていて「どちらも本音」と正直にのたまうヨランド様、素敵すぎる。


あと美人すぎてびっくりした。眉毛薄いの似合いすぎじゃない???あの化粧天才だと思う。しかもお衣装がほんとに美しすぎるのと、その裾捌きが天才すぎるので毎回去り際を凝視してしまう。傾斜舞台、裾がすごい綺麗に広がるのすごい良い……

カテコはいつもながらすげー男前だったんですけど、福士さんとなんか喋りながら捌けていったから髑髏城のオタクは身悶えしました。


括るには勿体なさすぎるけど括る

  • 深水さんのアランソン公、すごいでかい。大型犬みたい。だんだん可愛く見えてきてすごくいい。
  • 山崎さんのマリー王妃、最初から最後まで一貫してシャルルの心を案じていてとても良い。良い家族になってほしい。
  • 榎木さんのコーション司祭、そのうさんくさ〜いところが、信用できるぅ〜!(明神甲斐守様ボイス)って感じで胡散臭くてとても良かった。
  • ラ・トレムイユ卿の神保さん、あの時代の必要悪としての悪役がすごいハマっててあまりにも違和感なく「腹に一物を抱えている貴族」だった。会ったことあるんか???
  • キャスト把握できたのここまでです!ごめんジャンヌの軍の指揮官たち。主要人物が多すぎる。
  • 音楽!!!!!!!讃美歌みたいな神々しいやつ、わたしのすきな「音楽isパワー」って感じだった。(頭悪い感想しか出てこない)


白井演出の何が苦手なのか

どこまでが演出でどこからが個人の演技なのかわからんのやけど、ここまで書いてて思うのは、もしかしてわたしジャンヌ・ダルクの演出めちゃくちゃ気に入ってるじゃんね???

白井演出の何が肌に合わないと思ってるのかもう一回考えてみたんですけど、たぶん「声量」と「テンポ」でした。

ジャック・ザ・リッパー」も「怪人と探偵」も今回も、わりと結構ずっと台詞を叫んでる印象が強くて、(どうせマイク通してるわけだし)もうちょっと声抑えるところがあってもいいのにって思っちゃうんですよねえ。ボリュームを上げるとどうしてもちょっと単調に聞こえてしまうのが苦手。

あと、テンポが絶妙に好みじゃないんだと思う。ひとつひとつの見せ場がちょっとずつ長く感じてしまって。見せたいものの意図はわかるけど、わかるからこそ「分かったってば」と思うことが多い。関西人のイラチが出てるのかもしれませんが……


今回も白井さんの演出の一部が肌に合わないなと何度も思ったんけど、それを差し引いてもめちゃくちゃ良かったんで結果オーライです。


神は本当にいたのか?

わたしが今回新たに名前を覚えようと決意した役者さんを発表します。岡本拓真くんです。14歳だってね???一言も喋らない岡本くん、演技がうますぎませんか?????

まず「「「実在してなさ」」」がやばい。彼は、間違いなく、幻でした。いないよ。この世のものじゃない。存在が儚すぎる。

そんで、もう衣装が百合紋章なのではじめからきっと「そう」だとは思ってたけど、それにしたって醸し出す雰囲気が小関くんと「同じ」すぎて疑いようがなかった。なんで同じなの???

余談ですが、初演の幻影の少年、高杉真宙だと知ってぶったまげています。


ジャンヌにだけ見え、指を差し、導いていたあの少年がほんとうにシャルルだったなら、しかも、そう物語の中で明示されるなら、このジャンヌに聴こえていた「神の声」は、ほんとうに神の声だったんだろうか。王の、兄の、救いを求める声だったのでは?

神の声に従ってシャルルを王にしたはずのジャンヌが、ただ兄の声を聴き兄を王に押し上げた妹だったとしたら、きっとジャンヌは正しく「魔女」として死なねばならなかった。ケヴィンと逃げて王の加護という疑惑を残すことはできなかった。王の血筋を残すかもしれない女として生き続けることもできなかった。男装のまま、神の声を偽ったほんとうの罪を受け入れて、火刑になる必要があった。あれは、誰にも避けられない結末だった。

シャルル7世が見殺しにしたと言われている、避けられるべきだったジャンヌ・ダルクの火刑が、全く違うものとして描かれていることになる。


わかんない、どこまで意図して書かれてるかわかんない。あの脚本家は「こっちのほうが面白いよね」ってニコニコ笑いながら重い業を背負わせるひとなので……(すき)

そもそも深読みオタクの妄想なんだけど、でも、幻影の少年にあんなに演技うまい子持ってきて、わざわざジャンヌに種明かしさせて、「見覚えがある」的な話もさせて(あんま覚えてないけどしてたはず)、幻影はシャルルだったけど本筋には関係無い、なんてことないでしょ?????


信じているものをただ信じる勇気

どちらにせよ、ジャンヌ・ダルクは「信じる」ことの難しさと気高さを感じられるお芝居でした。

日本はそもそも多神教神道が文化にかなり染み込んでいるし、一神教の「神を信じる気持ち」ってなかなか掴みにくいことが多いけど、ジャンヌ・ダルクの「神の声」「神の遣い」はすごく自然に入ってきたんですよね。それは描かれている「信じるもの」が、人でもあり、自分でもあり、善でもあり、使命でもあったから。弱きものたちが、自分の手が届く大切なものを守ろうとする強い意志が根底にあったから。

すごく意志が強くて前向きなお芝居でした。君たちが守った未来はきっと明るいよ。


すごい、何にもまとまらなかった

構成もなく、思いつくままに思いついた順序で書いたので総括とかないけど、わたしはブリリアで15世紀フランスを生きたよ。

ちなみに一階後方センブロのとても見晴らしがよい席だったので、わたしはまだブリリアの「悪さ」をほとんど体感してません。噂でしか知らん。ありがてえ。

演出家とは和解できてないけど、良いもん観たな!と素直に思えた作品。やっぱりねえ、推しを信じる気持ちはまっすぐ持ち続けようと思いました。中島かずき、永遠に物語書いて!!!!!