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中島かずきのAIに書かせたのかもしれない【バサラオ 悲しみの大暴言エントリ】

生田斗真のオタクと中村倫也のオタクは観た方がいいと思うけど、新感線の、中島かずきのオタクとしては脚本演出と大喧嘩しているバサラオ感想エントリです!!!

初日を観たあとフォロワーたちと夜中の1時まで大審議をかましたけど、ぜんぜん飲み込めてません。中島脚本いのうえ演出の大本命公演なのにこんなに大暴言エントリ書くことになるとは思わなかったよお……


全否定したいわけじゃなくて、求めていた要素とお出しされた要素が噛み合わなかったことに対する悲しみの吐露です。いちおう物語の展開とか結末とか決定的な明言は避けていますが、脚本と演出にめちゃくちゃ言及して文句言ってるのでネタバレは覚悟してください。


めちゃくちゃ、めちゃくちゃ文句を抱えてるけど少なくともあと3回は観に行くので、ここで整理して楽しく観られるようになりたい……

何度でも念押しするけど役者は良かったと思います。0番に立つだけでぜんぶ掻っ攫っていく生田斗真は最高だったし、0番に立ってないのに間違いなく主役だった中村倫也も最高だった。



脚本、AIが書いた?

バサラオの脚本、過去作品の戯曲本を全部学習させたAIに書かせたんじゃないかと疑っています。暴言だという自覚はあります。

キーワードとか台詞とか歌詞とか、中島かずきエッセンスは多分に含まれているのに、ヘキとか執着とかがほとんど感じられない脚本だった。


過去も未来も業も、なにもなかった

中島脚本の面白さって"ない"のに"あったかも"と思わせる力だと思うんですよ。歴史のスキマに上手いことはまってるとか、なんも描かれてないけど過去の人生が感じられるとか、この信念ならこの人はこの後こう生きるだろうなとか。

そういう「わたしのすきな中島かずきの余白」が何にもなかったのがバサラオでした。なんでだよ。


知ってます。中島かずきはべつに「業を背負わせよう」と思って書いてるわけじゃなくて、あの人が書きたいものを書いたところからオタクがとんでもねぇ業を読み取ってしまってるだけなのは知ってた。けど、その要素がこんなに突然「「「完全な無」」」になることある???

あの人の過去もこの子の未来も、どこにも何も想像する手がかりがない。「描かれていないその人の人生が透けて見える」のが中島脚本の魅力だったのに、バサラオには何にも見えない。

あんなに癖のある登場人物がたくさん出てくるのに、彼らの過去も未来も全然想像できないの、めちゃくちゃ悲しいよお……


生田斗真の顔に興味がない

いや、興味がないというか、そこに味付けをする気がないというか……

生田斗真は顔がいい。それはわかる。しかもただ顔が良いだけじゃなくて、あの人が0番に立ったらきっと見得切ろうが変顔しようがたったひとりで板の上を掌握できる。まじでシンプルにすげえのよ。でもそれって芝居でも物語でも何でもないんですよね。ただシンプルに生田斗真という役者がめちゃくちゃ優秀なだけなの。


その0番背負える力のある役者をどう料理するか、その綺麗な顔にどう憂いを乗せて、どう歪ませて、どうボロボロにするかが脚本の腕の見せ所じゃないですか。「顔の良さで世の中を動かそうとする悪役」の野望とか因果とか業とか、脚本として捏ねくり回す余地しかないその余白を、ただ「美しい顔」でゴリ押しされたって印象なので大喧嘩だし大審議です。


悪役の矜持がわからない

いや、ビジュアルisパワー。それも大いにわかる。我々がいままで新感線のビジュアルにぶん殴られてきたことは事実です。でも、べつにこっちはビジュアルが良いから新感線のオタクやってたわけじゃないんですよ!

生田斗真のオタクでも中村倫也のオタクでもない、過去作品であらゆる業を浴びてスクスクと育ってきた新感線のオタクが、3時間半の物語の因果を「生田斗真の顔が良いから」だけで納得できると思わないでほしい。こちとら「アイはコロシアイ」って教わってんだぞ?!


一応「バサラ」って信念はあったけど、ヒュウガが口にする説明と本人の行動原理がどうしても噛み合ってないように感じて……言ってることとやってること、違いません?!

悪役には悪役なりに筋の通った理屈と野望があるのが中島脚本だったのに、「俺は美しい」以外に悪役としての矜持が感じられなかったヒュウガ……お前、顔だけ……?

「自分の美しさを武器にした悪役」という意味では極髑髏の夢三郎のほうがよっぽど矜持のあるバサラだったよ。中島かずきは一回シレンとラギを読み返したほうがいい。あの地獄を生み出した筆は何処へ?


ナレーションに頼りすぎている

これはもうここ数年ずっとある傾向なんですけど、場転でめちゃくちゃ頻繁に入るナレーション、物語の流れをぶつ切りにするから集中も感情の盛り上がりもリセットされちゃうから好きじゃないです。私だけの好みの話だったらごめん。

特に今回は生田竜聖くん使ってるらしくて、いやそういう繋がり活かすのはいいんだけど、めちゃくちゃ「ナレーター(正式)」って感じでぇ……マジで今までになくバチバチに聞き取りやすくて笑ったけど、南北朝の世界観とはあんまり合ってなかったなって思います。お、ニュース速報流れた?って感じ。

そもそも、あのナレーション、要る?????


義経のときは、戦線がどんどん移動してたし、薔薇サム2は4カ国あったから地図で説明されるのもまあアリだったけど、今回は「鎌倉」と「京」の二か所なんですよ。確かに陣営に変化はあるけど、その変化した陣営は地図とナレーションに入ってないんだよな……それなら別になくてもよくない……?

最近は全体的に情勢とか伏線回収の説明が過剰になってて、行動原理とか心情の説明が短縮されてるんですよねえ。そっちを膨らませてほしいのに……もっと「バサラ」の説明してほしかった……


衣装との喧嘩は引き分け

衣装については、めちゃくちゃ好きなポイントと、めちゃくちゃ気が散る要因になったポイントが同じくらいあるから引き分けです。


安っぽい布は演劇界全体の課題か?

まず言いたいのが、一部衣装の布がめちゃくちゃ安っぽくて残念だったことです。特にサキドさま。これSSS2ハムレットでも同じようなこと言ったから演劇業界全体の問題なのかもしれないけど、せめて身分の高いひとの衣装にはポリエステルのテカテカペラペラな布使うの、まじでやめようよぉ……

ヒュウガの衣装にメタリックな素材を使ってるのもちょっと気になるけど、まあ主人公ですし、人外的な美を表すわけだし、目立つためにってことで目をつぶったとして、サキドはさあ……色がかなりガチャガチャしてるし、布が安っぽいし、りょうの凛とした強さと合わなくて勿体無いな〜とは思いました。

でもりょうさまがあのカラフルな衣装で監督とカナコさん引き連れて登場するとこめちゃくちゃ気持ちいいので、うーん、ほなまあええか……という気持ちも少しある。


ヒュウガは全体的にイマイチ

ヒュウガはこれでもかってくらいピンスポが集まるので、白いギラギラの衣装がめちゃくちゃ明るく輝いていました。美しさって、まぶしい。

でもその白があんまり上品じゃなくて……桜やら藤の花やらモチーフ入っても全体的にあんまり雅な感じにはなってないし、かといってジパパンの慶次郎ほど派手でもなくて……バサラとは???

あと、あの、隠岐島の衣装、あの、変なデザインもそうだけど、その、膝から下の刺繍、なに???左脚の文字を覚えていないので次の宿題だけど、両脚に漢字の刺繍入れてるヒュウガ、控えめに言ってダサかった。やめてくれよ。

とにかく着替えるたびにどんどん「バサラ」がわからなくなっていったヒュウガでした……


ちょっとよくわからないカイリ

カイリ、全体的に衣装のモチーフがよくわからなくて……えっと、よく分からないんですけど……なんでひとりだけ帽子、フード、チェック、薔薇と銃のモチーフ、サスペンダーと、とにかく現代的な要素をたくさん入れてあるのか、全然分かんない。ていうかごめん特に例のチェックの衣装がほんとに全然分かんない。

隠密っぽいわけでもないですし、参謀っぽいわけでもないですし、そんなめっちゃ帽子が死ぬほど似合ってると言うわけでもないですし……誰かモチーフ読み解いたひと、教えてください。


残歌党の扱いがひどすぎる

遊びとパロディは大歓迎だけど、あの衣装で自分たちを「武士」って言い張るの、さすがに無理あると思いませんか?!もうちょっと武士要素を残しなさいよ。

確かにあの時代の武士は戦国時代ほど立派じゃなくて、山賊みたいな人たちもたくさんいたのかもしれないけど、あんな着飾ったりょうと、あんな身綺麗にしたキタタカと並んで「武士」って言わせるなら、もうちょっとさあ〜〜〜

気にしない人は全然気にならないんだろうけど、これまで手をかけてた部分なのにこうやって本編の雑音になってしまってるの、本当に良くないと思う。


色がぐちゃぐちゃ

いつも衣装の色で陣営を表してるのが新感線なのに、今回はテーマカラーがよくわかんなくて、ゴノミカドの旗が赤でヒュウガと被ってるし、後半の緑の旗は、ほんとどこから来た色なのか全然わかんないし……(水色とピンクどこいったよ?!)

誰の手下と誰の手下がが戦ってるのか、後半まじでわからんかったもんね。色分けして!!!

でも旗のロゴデザインは最高だったので、うーん、ほなまあええか……の気持ちが出てきます。引き分け!


演出、いのうえAIでした?

脚本にめちゃくちゃ文句あるけど、演出にも同じくらい文句があります。過去作品の円盤ぜんぶ読み込ませたAIに演出させました?!!?!?!

盛り込まれてるいろんな演出手法そのものは面白さを持ってるのに、ほんとに効果的な使い方だったとはあんまり思えないんですよ。スキルの使い方が雑だった。おれたちの安心と信頼のいのうえひでのりなら、もっと上手いこと使えたでしょ!!!!!!


ほんと「顔の良さ」に興味がない

中島かずきいのうえひでのりも、生田斗真の「美しい顔の効果」を伝えることに対する熱量が低すぎませんか?????「今、魅了されています!」をあらわす演出が、あの、なんか、雑だったと思う……それ、もっと大事にして……


そもそも「圧倒的に美しい顔を使って自分の意のままに」みたいな姿を公言するなら、舞踏会ぜんぶをメロメロにしたアルセーヌ男爵と同じかそれ以上のお膳立てをしてほしかったんですよお。

女の子を侍らせてたって、どんだけピンスポ集めて拍子木鳴らしたって、それは顔の良さじゃなくてただの主人公仕草だから!ふつうは後ろの席から顔の良さなんて見えないんだよ!!!

生田斗真の顔が美しいことなんて演出つけなくても周知の事実だって言うなら、りょうさまの顔が美しいことも周知の事実やろがい!!!!

生田斗真の美しい顔を見てくれ」でゴリ押しするなら「俺たちの大好きな天海祐希を見てくれ」と同じぐらいのお膳立てを!!!!!しろ!!!!!!


出捌けがもたもたしてた

演出で客席走るの、ぶっちゃけ「もういいかな」って思ってます。今回は明治座の花道を意識した七三演技が多めに入ってるんだろうけど、客席通路で芝居されるのはやっぱり結構見えないんだよね。それに、広いハコで通路から捌けると場転にめちゃくちゃ時間がかかるので。

そんな走るだけの移動に時間かけるより板の上でちゃんと感情の機微を丁寧に見せてほしい。去り際に振り返るタイミングひとつでこちらが受け取る情報量ってめちゃくちゃ変わるはずじゃん。そういう演技が客降りのために全部消えているわけですよ。そのマイナスを上回るプラスが今回は感じられなかったので、あんなに通路使う必要は無かったと思っています。


あと各軍勢として出てくるアンサンブルも多すぎて、出捌けに必要以上に時間がかかってた印象。ゾロゾロと出てきて並んで得物を構えてゾロゾロと去っていくだけのときとかもあって……人数が多いぶん出捌けに余分にかかる時間と見合った役割を与えてもらってなかった気がする。


そのうえ歌と踊りが入るタイミングで該当しない役者たちがソッと捌けていくんですよね。で、歌が終わったらソッと出てくる。ちょっと喋って、次の歌までにまたソッと捌けていく……

会話してる途中なのに歌部分だけなぜか捌ける(どこへ?)とか、乱戦のシーンでなぜか奥で立ってるだけ(参観?)とか、味方がやられてるのに端でただ見てる(助けな?!)とか、そういう物語としての辻褄が合わない出捌けが多くてもやもやしちゃった。

なんか、なんか、いのうえひでのりの作る香盤表、そんなめちゃくちゃな出入りじゃなかったのに……!


荒事と和事

歌舞伎をさあ、六方をさあ、取り入れたのはとても良かったしさあ、見得切ってるのめちゃくちゃ気持ちよかったけどさあ、ヒュウガは荒事じゃなくて和事じゃありませんこと?????梅王丸より桜丸じゃない??????

いや、六方がめちゃ良かったんですよ。めちゃくちゃ良かったけど、「めちゃくちゃ美しい顔の人」が荒事っぽい仕草して六方披露するの、ヒュウガのふるまいとしてイマイチ納得できなかったんだよなあ……どこかの王子様みたいに扇子持って舞ってるほうがしっくりくるよ。


ヒュウガがクールな役になってるから、生田斗真があんまり笑わないんですよねえ……玄九郎のときに被弾したあのくしゃって笑うまぶしい笑顔、無いので……

だからあの時みたいに必死になったり全力出したり、そういう姿を出さずにクールでスタイリッシュでスマートな身のこなしを徹底しているヒュウガはさあ、荒々しく豪快な荒事なんて敢えてやらないと思っちゃったんだよなあ。


場面転換がつまんない

「つまんない」ってド正面から書くかめちゃくちゃ迷ったけど書きます。今回の場面転換のつまらなさが本当にショックだったので。わたしの大好きな新感線の要素のひとつが完全に失われていてめちゃくちゃ悲しくて泣きました。

いのうえ演出っていつも場面転換がちゃんと物語の余白を埋めていて、場転の間にも情報が得られたはずなんですよお。街の様子、民衆の生活、登場人物の葛藤。ワカドクロの無界の里で、キャストたちが会話しながらどんどんセットを組んで行って、里の何気ない暮らしを見せながら無界の姿が出来上がっていく演出を観て以来、わたしはいのうえひでのり演出の場面転換にほんとうに惚れ込んでた。

それなのに。今回はほんとにただ御簾が下りるのを待ってるだけとか、盆舞台のセットの裏面を見つめてるだけとか、場転待ちの時間がめちゃくちゃ長くて……


しかも盆舞台なら客席から見えなくなるまで、緞帳を下ろすなら下り切るまで、板の上ではお酒注いだり、なんか喋ってたり、これまではそうやって物語が続いていたじゃないですか。それもぜんぶ無かった!

盆舞台で回る間も、緞帳が下りる間も、台詞が終わったところで演技が終わって板の上で静止してた。なんか、べつに場面転換ってそういうものでも全然問題は無いんですけど、普通の舞台だなあって……

わたしの好きだった「新感線らしい」と思ってた要素が、わたしが楽しみにしていた要素がことごとく存在しなくて、ちょっとだいぶめげそうになってしまった博多座初日・2日目でした。



これはわたしのすきな中島かずき

ひとつだけ脚本の良かったところ書いておきます。

今回たくさんあった歌の中で、めちゃくちゃ好きだな、と思った歌詞があったんですよ。リフレインで何パターンも出てくるけど、そのどれもすごい好きだった曲。

森雪之丞の手柄かな、と思って戯曲本開いたら一言一句そこに書いてあって「おれの大好きな中島かずき、こんなところに!!!!!!!!!!!」って福岡空港で叫びそうになりました。


もうひとつ刺さってたラップナンバーもまさか、と思ったらやっぱり一言一句戯曲本に書いてあった。

まだ……わたしのすきな中島かずきも残ってた……


まだ戯曲本全部読んでないけど、大好きな脚本演出の良いところ一生懸命探さないと出てこないの、つらい。

今回はさあ、ゲストの知名度もあるし、ハコも広めだし、チケットは激戦だけど新感線初見のお客さんも誘いやすいし布教しやすいし、実際みんないろんな人を誘ってたと思うんですよね。

だって中島脚本・いのうえ演出は基本的に90%くらいの満足度を叩き出してくるから。あとはそこから120%にテンションぶち上がるか、200%突破して狂ってしまうか、みたいな信頼があったんですもん。しかも生田斗真中村倫也のW主演で、古田新太も出てて、4年越しのリベンジ公演って、創るほうも演るほうも観るほうもめちゃくちゃ思い入れ強い公演じゃないですか。そんな、良くなる気配しかなかったのに。無かった、のに!!!!!

わたしの大好きな新感線はもっともっともっと物語と演出が面白かったはずなのに、初見のひとたちにこれが新感線だと思われるの、めちゃくちゃ遺憾です。悔しいよお……7月のゲキシネ観て……


斗真と倫也のオタクは全力で観て

信じてもらえないかもしれないけど、生田斗真中村倫也のオタクはチケット取ってもいいと思います。こんだけボロクソに言ってからだと何の説得力もないと思うけど、まじで観に行って!!!脚本演出と喧嘩してでも観に行く価値はあると思います。なかったらごめん。


生田斗真の座長パワー、やっぱとんでもなくすごいんですよ。一人であの広い博多座の真ん中に立って、大量のアンサンブルと照明と客の視線とをぜんぶ一人で背負えてしまう人なんですよ。ほんとすげえよ。最初のバサラの宴のシーンは、後生だから絶対にオペラせずに観てくださいね。壮観なので。


中村倫也はさ〜〜〜まじで歌がうめぇ。この人さすがアラジンですよ……降参する……よし子姐さんとのデュエットが天才でした。はやくCD欲しい。

それなのに芝居でもめちゃくちゃ自然体な空気を出すのがはちゃめちゃに上手いのでびっくりします。たしかに生田斗真が主役ではあるし、0番に立つのは圧倒的に生田斗真なんですけど、0番に立ってないのに中村倫也に持っていかれるシーンが山ほどあるので、違う意味ですごいなと思う。

ちなみに衣装になんか梵字みたいなシンボルマークが入ってるんですけど、何回オペラしてもぜんぜん分かんなかったので、有識者いらしたら教えてください!



役者の感想はまたこんど

役の話をするとものがたりのネタバレを回避できないので今回のエントリはここで畳みますが、それぞれの役者の良かったところは結構ある!!!そっちは別途、ぼちぼちエントリ書くことにします。

このエントリまとめてる間にゲキシネで「朧の森に棲む鬼」を観てきました。ライ様、野望に溢れててめちゃくちゃえげつなくて、かっこよくて、酷くて、最高にピカレスクでした。バサラオの脚本家と演出家も一回ちゃんと朧を観た方がいい。テイストが被ったっていいから、あの頃の鬱々しいいのうえ歌舞伎にまた会いたいよ。お願い思い出して。

まだ1都市目、かつ遠征スタートの2日目なので、ここから良い方向に手直しが入る可能性をまだ信じています。おれたちの新感線、こんなもんじゃないだろ!!!

たのむで!!!