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気付けばハマる、そこは沼。劇団☆新感線を中心にお芝居について好き勝手書き連ねる場所。

役者陣“は”とても素敵だった【ハムレット SSS2】

彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd第一作「ハムレット」を観てきました。

まだハムレットをちゃんと観たことがなかったのと、彩の国さいたま芸術劇場に行ったことがなかったのと、新しいシェイクスピアシリーズ第一作だからってのと、斎藤くんこんなとこ出るんだあってのと、柿澤さんがべしょべしょになるの好きだから観ときたいなってのと、なんだかんだ観に行きたい理由が沢山あった作品なんだけど、ちょっとかなり不完全燃焼なとこあります。

今年は観たら何かしらアウトプットすると自分に課しているので書くけど、前半はほとんど演出への違和感を吐き出したエントリになってしまいました。役者陣はほんとにすごかったんだよ。


役者“は”めちゃくちゃすごかった

ほんと、良かったとこもたくさんあるんだけど、あんまり刺さんなかったとこ、気が散った部分が沢山あって、そういうのはほとんど「演出が好みじゃない」に起因してた。ごめん、なんか吉田鋼太郎の演出あんまり好みじゃないのかも。観るの一作目なので断言はできないけど……


ちなみにハムレット観たことないし原作読んでもいないのになんでわたしストーリー知ってんだろう、と思ったら漫画「Wジュリエット」の作中劇として読んだからだわ、と思い出しました。そんな履修の仕方あるんだ……


マイクがないならそれ相応の

彩の国さいたま芸術劇場ってめちゃくちゃ演劇に力入れてるハコって印象があってめちゃくちゃ楽しみにしてたし、実際良いハコな気がしたけど、今回は台詞があんまり聞こえないとこがたくさんあって残念でした。

たぶんこれは座席とか役者とか劇場の問題じゃなくて、マイクを使ってないのに、観客に背を向ける演出が多かったからだと思うんだよね。

舞台奥に向かって喋るシーンは広い舞台に音が反響して声にモヤがかかったみたいに、特にホレーシオの声がボヤボヤでうまく聞き取れなかった。あと客降りが多かったんだけど、通路から舞台に向かって喋ってる台詞もあんまり聞こえなかったし……


マイク使わない地声の演劇そのものはめちゃくちゃ好きだしみんな発声はものすごく聞き取りやすかったし、真後ろを向かなければちゃんと聞こえるのになあ……

地声で行くなら地声で通せる演出と舞台にするべきなんじゃないかなと思いました。


舞台が広いならそれ相応の

彩の国さいたま芸術劇場ってめちゃくちゃ舞台の奥行きが広いんですね??!!?!?!いろんなやりようがありそうな舞台でわくわくしました。

今回は舞台セットがめちゃくちゃシンプルで、柱がある室内か、何もない屋外か、くらいの差分しかない。レトリック、台詞の力を前面に押し出した演出としての意図なんだろうなと思ったし、潔くて好きでした。


ただ、舞台上の人数のわりに広すぎる。みんな「真ん中あたりまで歩いてきて演技をする」「真ん中あたりから奥や左右にハケていく」って構造だったから、移動時間がめちゃくちゃ長い。しかも足音がめちゃくちゃ響いたので、去っていくキャストの靴音だけを聞いている無の時間がわりと多くて……

あとほんと解釈違いだったのは、奥にハケていく王と王妃が走るところです。王と王妃は王宮内で走らんやろ!!!


歩哨が亡霊に出会う場面とか、ハムレットと友人(?)たちが3人で肩を組んで歩き回るところとかは舞台の広さが活かされていて良かったな〜と思っています。

ただ、あれだけ広いならわざわざ音が悪くなる通路で演技しなくても、ぜんぶ舞台上の奥行きで表現できんかったんか?


音を減らすならそれ相応の

今回ほとんどBGMがなかった気がする。

きっと前述したとおり、レトリックに振り切った意図なんだろうけど、大した音楽もない中で長台詞を喋り続けるのもめちゃくちゃ大変だろうけど、それを聞き続けるのも結構体力が要るんですよね。


彩の国シェイクスピア・シリーズとしての蜷川作品は観たことがないんですけど、どうしても引き合いに出してしまうのは許してほしい。蜷川作品は音楽とか「静寂」でギュッと集中力を高める、静と動の緩急がほんとに素晴らしいと思っていました。

それに比べると、今回は前述の足音問題も相まって「無音」とか「音楽だけ」でぎゅっと集中力を上げる時間が少なくて、ずっと誰かが喋ってるか移動してるかだった印象。

しかも台詞以外の音が少ないからこそ、ほぼ唯一の台詞以外の音としての「床を鳴らす音」が必要以上に印象に残ってるんですよ。特にラストの花束が落ちてくるシーン。

柿澤ハムレットのめちゃくちゃ求心力のある最期から、白洲ホレーシオがめちゃくちゃ良い余韻を残したあとで、思いっきりプラ製の安っぽい造花が床に落ちる「バタン!バタン!」という音で幕を閉じるの、ほんとうにそれで良かったのか???


衣装と身分はそれ相応の

女性陣の衣装も、ほんとに?????ってくらい安っぽく見えちゃってめちゃくちゃ残念だった!!!!!色もあんまり役者に似合ってないし。そう、安っぽいのに似合ってすらいないんだよ。ちゃんとパーソナルカラー診断とか考慮してくれよ。高橋ひとみの魅力が映えるのはその水色じゃないだろ!!!


男性陣の衣装の質はまだ気になんなかったんですけどね。色が暗いからなのか、既製品なのか……

でもほんと、特にオフィーリア、あれはひどいと思うんだよお……

1幕のピンクの衣装は……なんかポリエステルの子供のお姫様ドレスみたいな……すごい酷い悪口しか出てこないけど、とにかく布の感じがものすごい安っぽく見えた。仮にも一国の宰相だったか、めちゃくちゃ位の高い家の娘では?!

10000歩譲ってあれはまだ幼いから……ということにしたとしても、その後の黄色いドレスはさあ、ねえ、あれ、ハムレットがプレゼントしたドレスでしょ?一国の王子が想い人にプレゼントしたドレス、あんな安っぽくてたまるか!!!!!!!!


口が悪くてすまんな。とにかく女性陣の衣装が残念すぎて……つらかったんだ……


時代を変えるならそれ相応の

そもそも軍服とかジャケットとか、なんで衣装だけ近代ヨーロッパにスライドしてるのか、意図が全く見えなかった。シェイクスピアの時代背景と、目から入ってくる情報が全然違って大混乱しちゃった。近代でデンマーク王子(使者でも)をイギリス国王がその場で斬り捨てたら世界戦争だよ………

蜷川さんのときからそういう演出だったのか?シェイクスピア・シリーズをほとんど観ていないので分からん。


過去に映画館でNINAGAWAマクベスを観たときは、「国も時代も価値観も違う話」の衣装を日本の中世(時代は同じ)にしたことでひとつ尺度が自分に寄って「時代と価値観が違う話」になったから、関係性が一気に掴みやすくなったんですけど、今回は時代を変えても結局ドレスと軍服は現代日本人にとって身近ではないから、あんまり尺度が寄ってないうえに、本来の物語とも価値観が乖離しちゃって余計に分かりにくくなってませんか……?

混乱したの、わたしだけかなあ……ハムレットがジャケット姿で登場したとき、ほんとにわけわかんなかったんだよ……


捲し立てるならそれ相応の

おそらく今回の演出としてかなり「発声の出力を上げる」ことを指定されていたんだろうなと感じました。

吉田鋼太郎のスタイルとして強い声でガガガっと捲し立てられるのは彼の良さだし、それはそれで良いと思うんだけど、登場人物全員に捲し立てられましても……という気持ちになってしまった。


良いんですよ、気持ちを声の大きさに乗せるのも良いんですけど、喜びも驚きも皮肉も怒りも後悔もぜんぶ感情の針がずっと右に触れっぱなしだと、せっかくシェイクスピアらしい言葉遊び、レトリック、独白の長台詞、感情の応酬が、ぜんぶ同じテンションになって映えてないと思うんですよね。

シェイクスピア自体をそんなに観たことない身で言うのもアレだけど、レトリックって、敢えて言葉遊びとか大仰な言い回しを使うことで、ひとつの感情を何倍にも増幅させる手法だと認識してました。それが今回はただただ語調が強くて声量が大きいだけで、「感情」という面ではほとんど拾えなかったのがすごく惜しかったです。


素人の勝手な言い分ですけど、「声量」ってパラメータを振り切ると、「喜怒哀楽」の濃淡が必然的に薄くなりません?めちゃくちゃ大声で怒ってるのと、めちゃくちゃ大声で悲しんでるの、アウトプットとしてはそれほど大きな違いは見えないと思ってるんですけどどうですか?

もちろんその差を見せるのが俳優の力だと言われればそれはそうかもしれないんですけど、わざわざ差分の少ない手法を選ばなくても、もっと感情が伝わる最適解がありませんでしたか?という疑問がね……


もっと歯に絹着せずに具体的に言わせてもらうと、2幕頭の高橋さんのロングトーンの叫び声は違和感があった(ジェットコースター以外であんなに長く叫ぶことある?)し、柿澤さんは怒鳴る演技よりも押し殺した演技の方が魅力が出ると思う。っていうかシンプルにそっちのほうが好きです。これは役者の章で後述します。


レトリックとの真っ向勝負

舞台装置と音楽のシンプルさによって、役者が発する台詞だけで勝負をする、という演劇の原点に立ち返った意図としてはとても素敵な試みだったと思います。

小田島さんの訳なのか、吉田鋼太郎の台本なのかは分かりませんが、たぶん英語の韻律をものすごくうまいこと日本語で韻を踏むかたちに変えていて、その掛け合いのテンポもとっても気持ち良くて、打てば響く言葉遊びの魅力が感じられる作品ではありました。


あとほんとうに、ほんとーーーーーに柿澤勇人に全てを背負わせた作品だった。



役者がめちゃくちゃ凄かった

まじで役者が凄かったっていうか、これまで書いた演出の合わなさをぜんぶ相殺するくらい、ラストの柿澤ハムレットが良すぎた。

なんでその「静」の演技を本編でもっと使わせてくれなかったんですか??!?!?!?!


ハムレット柿澤勇人

冒頭の結婚式の柿澤ハムレットがね、めちゃくちゃテンションの低い小さな声なのに、マイクないのに、めちゃくちゃ聞き取れるんですよ台詞が。

あの飲み込んだ抑えた演技が好きですよわたしは。


どちらにせよ、ただでさえ躁鬱の振り幅が大きすぎる複雑な役をあれだけの出力を保ちながら出来うる限り感情の機微を乗せて演じ切った柿澤さんがほんとうに見事だと思います!!!

シンプルにパワー勝負だもんな。


最大出力の台詞の合間で、ホレーシオや役者たちに見せるホッとした声色や表情が、世界全てを敵に回したハムレットのささやかな安らぎを垣間見るようですごく切なくなりました。


そして最高で最大の、ほんとうにまじで全部持っていかれたラストシーン。

全てを終えて、ようやく解放されて、安心感と諦めとがないまぜになった穏やかな表情で、だんだん力が抜けていく弱々しい声で、それでも力強くハッキリと意志を持って未来への希望を繋いだハムレット

わたしは尊大で不遜な坊ちゃんのかっきーがぐしゃぐしゃに弱っていくのが死ぬほど好きなので、ほんとうに最高エンドでした。サンキュー……


レアティーズ/渡部豪太

いろんなとこで見たことあるけど、板の上で、っていうかちゃんと認識してガッツリ観るのは初めてだった役者さん。でもこの人のレアティーズすごい楽しみだったし、期待を裏切らなかった。超良かった……


レアティーズってそもそもめちゃくちゃシスコンだと思うんですけど、渡部さんのレアティーズはめちゃくちゃ自然体で歳の離れた妹を愛している兄だった。いや〜〜〜超良かった……

他の登場人物より出番が少ないってのもあるけど、絶望とか葛藤とか、言葉を飲み込むシーンが多くて、わたしの好きじゃなかった声量勝負をわりと回避していたのも影響してるかもしれない。


めちゃくちゃ好青年が、良心や友情と葛藤しながらどうしても怒りとやるせなさが優って、それでもやっぱり根底に横たわる誠実さを捨てきれずに懺悔を残して消えていくのが手に取るように伝わってめちゃくちゃ良かったんです!!!


オフィーリア/北香那

はじめましての役者さん。まごうことなき無垢で幼い、親の庇護下にある幼い少女だった。

狂ってしまったオフィーリアをめちゃくちゃ楽しみにしてたんですけど、めちゃくちゃよかったです。


あっ、でもなんか大袈裟にスキップして叫んで回るとこは好きじゃないです。貴族の淑女、狂ったとしてもそんなことしないでしょ。あと、花を投げつけるところも分かりやすいっちゃ分かりやすいけど、そんな直接的に強く敵意をぶつけるんやったら、わざわざ花言葉で婉曲的に皮肉る意味がないやろがい……という解釈違いはありました。


でも、はにかみながら途切れ途切れでつぶやくように歌うのとか、一人だけの世界に入ってしまった表情とか、狂っているのに何故かどこまでも透き通った純粋さを放っているのがほんとうに素敵でした。

そもそも危うさとか素直さとか10代前半の少女らしさがめちゃくちゃ感じられる演技で驚いた。だから衣装!ちゃちくて悔しい!!!


ガートルード/高橋ひとみ

今回のガートルード、全部わかってる悪女だったのか、本当に何も知らない素直な女性だったのか、ちょっと最後までわかんなかったんですけど、なんとなく高橋さんのキャラ的に何も知らないガートルードであってほしいという気持ちがあります。知らんけど……


わりとどのシーンでも相手役の男性、クローディアスやハムレットのほうにフォーカスされていて、あんまりガートルードの感情を正面から捉えたシーンって無かったように思うんですけど、それでもガートルード自身が本心からオフィーリアを心配していて、本気でクローディアスを愛していて、本当にハムレットに怯えているんだろうな、と感じました。

最後の乾杯のところは、知っていて止められないクローディアスの葛藤じゃなくて、愛する夫が大事な息子を殺そうとしているなんて露ほども疑わずにワインを飲むガートルードにもっとフォーカスしてほしかったな……あそこ見せ場だと思うんだけど……

だめだ、また演出への悪口を書いてしまった。

とにかく高橋ひとみさんの持つ素直さや無邪気さがガートルードにぴったりだったけど、もっと見せ場が欲しかったな、という印象でした!


ホレーシオ/白洲迅

ホレーシオ、白洲くんだったんですね?!キャスト表をちゃんと観ずに行きました。ごめん。

最大出力の声量という演出の中でいちばん割りを食っていたんじゃないかと思います。とにかく前半の出番はほとんど叫びっぱなしで、聞いてる方も疲れちまったよ。おつかれさま……


映像で活躍する俳優が舞台に立つたびに思うんですけど、まじで繊細な表情管理ができるよなって実感します。ハムレットのことを真剣に慕っていて、信じていて、案じているホレーシオ。

ひどい世界を生きるハムレットが唯一心を許し、未来を預けられる友として信頼に足る存在であることを彼の表情が物語っていたように思います。


ハムレットの最期に絶望しながら、友に託された未来をしっかりと見届けるホレーシオの覚悟と哀しみの余韻がとっても良かったな。ボテボテ落ちてくる花束がその余韻をかき消してしまったけど……


クローディアス/吉田鋼太郎

いつもどおりの吉田鋼太郎って感じ。それを強みとしているので別に彼はそれでいいと思うし、クローディアスの、ほんとうはハリボテで臆病で小狡い小物な感じがとても良かった。けどハムレット前王の「堂々たる」って感じはちょっと物足りなかったな。あんなに叫んだりがなったりするより、もっとゆったりと威厳を持った王であってほしさがあります……

演出の解釈違いがたくさんあったので純粋な感想が出てきません。


あと、斎藤くんが出てきたのめちゃくちゃ一瞬でアンサンブルの使い方が潔いな……と思ったのと、そのアンサンブルの中に原慎一郎がいたことにいまようやく気が付いて笑っています。なんかすごい贅沢だな……


以上です

役者がほんとに良かったけど、役者はほんとによかったのに……と感じてしまった作品でした。


シェイクスピアってレトリックを楽しむのはわかるけど、そもそもストーリーは共感できねえ〜〜〜!って思ってるので、ハムレット自体がいまいち刺さってない可能性はある。

でもやっぱり衣装とか空間とか、今回の違和感は演出の部分が大きいと思ってるんだけどどうでしょうねえ〜〜〜


なんか、インタビューとか読んだらもうちょっと演出の意図とか理解が深まるのかな……と思いつつ、インタビュー読まなきゃ伝わらない演劇って何だよ、と思う自分もいて、消化不良を起こしています。

自分の受容体を増やしたぶんだけ楽しめるのが演劇だと学んでいるので、古典作品についても原作とか王道の作品とかちゃんと履修していかなきゃな。